借金返済|中小企業金融安定化特別保証制度の悪用

経歴
昭和
46

主文

被告人を懲役2年6月に処する。
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)
被告人は,A(以下「本件会社」という。)の実質上の経営者であったものである。
被告人は,B銀行C支店融資担当者らを欺いて「中小企業金融安定化特別保証制度」に基づく融資金名下に金員を交付させようと企て,本件会社の代表取締役であったDと共謀の上,Dにおいて,平成11年12月10日ころ,福岡市博多区ab丁目c番d号の本件会社の事務所において,前記支店得意先係主任Eに対し,真実は,受領した融資金で本件会社の事務所を改装するなどの設備投資をする意図はなくその大半を同会社のそれまでの借金の返済資金に充てて費消する意図であり,かつ,同会社が受領した融資金を返済する意思も能力もないのに,その情を秘し,受領した融資金で本件会社の事務所を改装するなどの設備投資を行い,かつ,受領した融資金を返済する意思能力があるように装って,その旨虚偽の事実を記載した事業計画書を提出するなどして融資金の申込手続をした。
そして,Dは,平成11年12月14日ころから同月27日ころにかけて,Eら前記C支店融資担当者を介するなどして,福岡市博多区ef丁目g番h号の福岡県信用保証協会において,同協会業務部保証第一課課長代理Fに対し,前同様に装い,前記事業計画書を提出するなどして,前記融資に対する信用保証委託手続をし,E及び同支店支店長Hら並びにF及び同協会業務部長Gらをして,その旨誤信させ,同月27日ころ,Gら同協会担当者をして,同信用保証の決定をさせた上,同日ころ,同決定の通知を受けたHら同支店融資担当者らをして,同融資の決定をさせ,よって,同月28日,同支店係員をして,同支店の本件会社名義の普通預金口座に融資金3000万円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた。
(証拠)(括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードの検察官請求証拠の番号)
〈省略〉
(補足説明)

第1争点

1被告人は,公判廷において,判示事実につき,「被告人は,本件当時,本件会社の実質上の経営者ではなく,公訴事実記載の中小企業金融安定化特別保証制度に基づく融資手続(以下「本件融資手続」という。)をして同会社に3000万円の振込入金をさせたのは,D及びその関係者であって,被告人は,手続に一切関与しておらず,Dと共謀もしていない。」旨供述して,Dとの間の共謀の事実を否認し,弁護人も被告人の上記供述に基づき,被告人は無罪である旨主張する。
他方,Dは,公判廷において,被告人を首謀者として共謀の上,本件融資手続を実行した旨,判示事実に全面的に沿う内容を供述しているところ,関係証拠を検討しても,被告人とDの間の共謀の事実についての直接証拠は,D供述以外には認められない。
したがって,本件争点は,被告人供述とD供述のいずれが信用でき
るかという点にある。
2ところで,Dは,本件で被告人の共犯者として刑事訴追を受けているところ,共犯者間では,他人を首謀者とする供述をすることで,自己の刑責が相対的に軽減される利害関係があり,いわゆる引き込み供述の危険性がいわれているから,D供述の信用性については慎重に検討する必要がある。
そこで,D供述を除いた関係証拠から認められる事実経過を確定し
た上,本件共謀状況に関するD供述及び被告人供述の信用性を検討する。

第2証拠上認められる事実経過

D供述を除く関係証拠によれば,以下の事実を認めることができ
る。
1本件融資手続の概要
本件融資手続は,銀行等の金融機関による貸し渋り対策の一環とし
て創設されたものである。
本件融資手続の概要は,市町村から需給適格者としての認定を受けた事業者が,融資を行う銀行等金融機関に対し,融資金の必要性等を記載した事業計画書等の必要書類を添付して申込みをすると,金融機関を通じて必要書類が県信用保証協会に回付され,同保証協会において必要があれば事業者への面談を行い,その後,同保証協会の保証決定を経て,銀行が最終的な融資の決定をし,融資金が支給されるというものである。
2本件会社の経営状態
本件会社は,平成3年3月1日,株式会社Iとして健康食品等の販
売等を目的として設立され,平成10年7月1日,本件会社に商号を変更し,同年5月31日代表取締役を被告人の妻JからDに変更し
た。
本件会社の販売形態は,新聞等に折込チラシをいれてKと称する顆粒及びエキスを広告し,同チラシを見た顧客からの問い合わせの電話を受けて,営業員を派遣して契約をするというものであった。
本件会社は,平成11年6月末ころには,個人からの借入金以外に
少なくとも未払いの商品代金及び折込広告代金等で約2億5000万円を超える大幅な債務超過の状態に陥っており,同月ころより,商品や折込広告の代金を契約どおりに支払わないなどの理由で,取引先から折込みチラシの印刷等を拒否されるようになった。
そのため,本件会社は,新規に折込チラシの印刷会社等を開拓したが,思うように折込チラシを入れることが次第にできなくなって,新規の顧客獲得が困難となり,同年9月には4161万8034円あった売上げが,同年10月には1932万8581円,同年11月には393万2100円,同年12月には131万3861円,翌12年1月には169万0200円と激減して,次第に運転資金にも窮するようになった。
被告人は,本件会社の運転資金として,平成11年7月30日に,
長崎県佐世保市に在住するLを介して,同じく佐世保市内在住のMから,ベントレー(普通乗用自動車)及び福岡市内の不動産を担保として,300万円を被告人個人名義で借入れたほか,金融業者のNか
ら,平成11年6月ころから9月ころまで,数回に渡り合計三千数百万円を,会社名義で借り入れし,その保証人となっていた。
3本件会社の経営体制
被告人は,平成9年1月4日,被告人の妻であるJを代表取締役と
して,そのころ本件会社の実質的な経営者となった。
被告人は,本件会社内で会長と呼ばれており,毎朝の朝礼を主催し
ていたほか,支払い等の金銭面でも,経理担当の従業員のOが,平成11年12月ころまで,被告人に支払計画書を提出し,被告人の指示の通り動いていた。
他方,代表取締役であるDは,本件会社内で社長と呼ばれていたが,仙台の支店にいることが多く,Oは,Dが決めたことでも全て被告人に伺いを立てていた。
もっとも,被告人は,平成11年11月ころから,本件会社のある
ビルの7階の会長室におり,用事があればDを電話で呼びだすなどして,4階の事務所には顔を出さないようになった。
また,Dは,同月ころから,従業員の給料の支払いを決めるようになり,それまで被告人が窓口であった取引先に,被告人とともに訪問し,取引先への支払関係の明細書を出すこともあった。
4本件融資手続に至る経緯
Qは,参議院議員のPの親交者であるが,平成11年10月初旬こ
ろ,被告人の知り合いのRを通じて,Dの紹介を受け,本件融資手続の口利きをしてもらうように頼まれた。
Qは,Dの依頼を受けて,平成11年10月下旬ころ,P議員の私
設秘書であるSを介し,DとP議員が同席する機会を設定してもら
い,P議員に対し,本件会社の福岡県信用保証協会への本件融資の保証についての口利きをしてもらうよう頼んだ。
また,Dは,Qの下で働いているTを通じて,P議員の私設秘書で
融資手続に詳しいUの紹介を受け,Uに対し,本件融資の口利きを要請した。
Uは,P議員からDに出来るだけ協力してやるよう言われたこともあって,平成11年12月中旬ころ,Dの要請を受けて福岡県信用保証協会の常務理事に対し,Dの本件融資に関し,便宜を図ってもらうよう口利きをした。
5犯行準備状況
Dは,被告人とともに,商工会議所に認定申請のための書類を取り
に行った上,平成11年10月15日,本件会社の代表者として,営業状況が好調であるかのように偽った仮装の決算報告書を提出するなどして,福岡市に上記融資適格者の認定申請をし,同月18日同認定を受けた。
その後,Dは,Tらのアドバイスを受けながら,健康食品の展示ル
ームの設置及び事業用トラックの購入等を行う旨の嘘の事業計画書や売上額等を水増しした借入申込書,展示ルーム作成等の事務所改装の見せかけの見積書等の必要書類を準備した。
その際,Tは,事業計画書の内容についてアドバイスを行ったほか,改装業者から事務所改装の白紙の見積書を入手した上で自ら見積金額を記入するなどした。
なお,この間,Dは,T及びQに対し,被告人が本件会社から手を
引いた経緯について,本件会社には8000万円の借金があるが,売り上げが順調にいけばすぐ返せるし,本件会社の組織等を利用した方が得と考えて,Dが,本件会社を被告人から引き継いだ旨説明している。
6犯行状況
Dは,上記の必要書類の準備を終え,平成11年12月10日こ
ろ,判示の本件会社事務所において,B銀行C支店係員Eに対し,4000万円の融資の申込みをした。
その際,Dは,Eに対し,本件会社の平成10年7月1日から平成11年6月30日までの間の総売上が約5億6000万円,当期利益が686万4470円,減価償却費が380万8280円で,借入金がなく,融資金による事業計画として,営業経費の50パーセントを占める広告宣伝費を減らすためにトラックを2台購入し,パソコンを購入してインターネットを利用した通信販売部門を新規開拓するほか,ショールームを作るなどといった虚偽の説明をするとともに,それらの見積書(トラック2台について合計1080万円,パソコン等一式について合計539万0910
円,改装工事費について716万1000円)等の書類を提出して信用させた。
平成11年12月14日ころ,上記の申込みを受けて,福岡県信用
保証協会の査定が開始され,同月22日ころ,Dに対する同保証協会の面接査定が行われたが,その際にもDは,同協会業務部保証第1課課長代理のFに対し,上記同様の虚偽の説明をして信用させた。
その後,上記信用保証協会担当者らは,平成11年12月27日,トラック2台購入の必要性等に疑問を持ち,申請額から1000万円を減額した3000万円の保証をする旨の決定をした。
これにより,同日,B銀行C支店担当者らは,本件会社に対する3000万円の融資を決定し,同決定を受けて,翌28日,同支店の本件会社名義の口座に3000万円が振り込み入金されたが,保証料等を差し引かれたため,同口座には口座開設に当たって預金した1万円と合わせて合計2911万2443円が残った。
なお,被告人が,以上の融資手続に際し,上記の銀行や保証協会と
の間の手続に直接関与することはなかったが,ときどき本件会社の入っているビルの7階から4階事務所に下りてきて,DやOに手続の進行状況を聞いていた。
7本件融資金の処分状況
(1)Dは,営業用チラシの印刷のため,W株式会社に500万円及びV株式会社に50万円を振り込むことを予定していたため,本件融資金が入金されたのを受けて,平成11年12月28日,Oとともに,B銀行C支店に行き,本件融資金から上記振り込みの手続きをしていたところ,被告人から電話がかかり,「勝手なことをしてくれるな。」などと言われ,1000万円を下ろしてくるよう指示されたため,既に振込み手続をしていたV株式会社に50万0735円を振り込みをしたにとどめ,W株式会社への振込み手続を中止して,被告人の指示に従って1000万円を現金で引き出した。
(2)DとOは,事務所で被告人に1000万円を手渡した。
その際,Dは,DとOが給料等の未払い分として100万円ずつ受け取ること,及び,Qら仲介者への謝礼650万円を支払うこと(なお,そのうち200万円は,Dが自己の口座に振り込むなどして着服した。)につき,被告人の了解をもらった。
(3)その後,Dは,本件融資金から850万円を下ろし,同日午後4時ころ,事前に待ち合わせをしていたTとともに,P議員及びQと会った。
Dは,持参していた現金の中から,P議員への謝礼及び貸付けとして合計300万円,Qへの謝礼として100万円,Q及びTの活動費として50万円をそれぞれ渡した(なお,P議員に渡った300万円は,平成12年4月から5月にかけてD及びその関係者に返還されている。)。
(4)平成11年12月29日,Dは,Oに指示をして,本件融資金からX株式会社に17万9235円を振り込んだ後,120万円を下ろし,Tに謝礼(事務所の改装資金の手付金の名目)として支払った。
その後,Oは,被告人から,本件融資金の残額873万円を全て下ろすよう指示され,その中から,630万を被告人に渡し,さらに,生活費として20万円を被告人の妻名義の口座に振り込んだほか,平成11年12月30日に被告人の指示によりLに対して90万円を渡し,残りを本件会社の各種支払いに充てた。
(5)なお,被告人が受け取った1630万円の現金のうち,1500万円は金融業者であるNからの本件会社の借金の返済に充てられた。
8覚え書の作成
平成12年になると,Dが本件会社の資金繰りに動くようになり,被告人が本件会社に出勤することも少なくなった。
そして,同年1月ころ,被告人とDの間で,債権債務込みで本件会社を譲る旨の覚書を交わし,被告人が経営から正式に退くことになった。
9破産宣告に至る経緯
平成12年に入ってからは,本件会社の経営は,従業員らに対する
給料の支払いさえもできなくなり,DがOから個人的に借金(同年1月から3月までの合計350万円)をするなどして凌いでいたが,同年2月には,折込チラシの代理店5社からも代金滞納を理由に折込を拒否されるに至り,事業継続が困難な状況となって,同月29日に1回目の小切手の不渡りを出した後,翌3月31日に2回目の小切手の不渡りを出した。
この間,本件会社からB銀行C支店に対し,本件融資金の利息3か月分合計22万9992円が支払われたのみであった。
そして,本件会社は,平成12年4月26日,福岡地方裁判所に破産の申立てをし,同年5月15日破産宣告を受けた。
この破産宣告時における本件会社の資産は126万3862円であるのに対し,負債は4億2269万5242円であった。
なお,Dは,上記破産の申立てに先立ち,Tのアドバイスを受けながら,債権者に対し,謝罪のためのファクス文書を送付した。

第3融資金の処分状況について(第2の7の事実について)

被告人は,前記第2の7記載の本件融資金の処分状況に関し,融資金の処分は全てDとOが決めたことで,自分は関与していない旨弁解しているので,融資金の処分状況について検討する。
1この点,OやTら関係者は,公判廷において,前記第2の7記載の事実に沿う供述をしているところ,関係証拠を子細に検討しても,同人らには,虚偽の供述をしてまで,被告人を陥れ,あるいは,Dに肩入れをして有利な供述をするなどの特段の利害関係は認められない。
また,その供述内容も,相当詳細かつ具体的であるから,その供述の信用性は高い。
2これに対し,被告人は,Dらに1000万円を持ってきてもらった経緯については,「金融業者のNから,本件会社の運営資金として,合計3850万円の借入れをしていたところ,会社をDに譲り渡すとともに,その債務もDが支払うことになり,同年12月初めころ,Nがその借金の督促に来た際,Dが公的資金の一部でお金の返済をしていくと話して,借用証を差し入れ,自分は保証人となった。」旨供述するとともに,「その後,融資金が下りた話を聞いたので,Oに電話をかけ,『Nさんのほうにお金は当然返してくれるんやろうね。
』と言ったところ,Dの方から,『振込先にキャンセルの手続をしますから,500万は明日になるようにNさんに言っておいてください。
とりあえず,今日は1000万円を持ってきます。
』旨折り返し電話があった。
当日Dから1000万円を受け取って,Nに支払をした。」などと,Dが自発的に支払ったものである旨弁解し,さらに,Nへの支払分以外に100万円を受け取ったことについては,「これまで,会社から経費以外に給料はもらったことはなかったが,(Oから,)『自分とDが100万円ずつ年越しでこの融資金の中からもらいましたから,被告人もとにかく苦しいでしょうから。
』ということでもらった。」などと供述している。
3しかしながら,被告人の上記弁解については,Nが,公判廷において,「自分が直接Dと会って督促したのは,平成12年になってからである。
本件融資金が下りたら借金を返すという話を,聞いたのは被告人からであり,Dからは聞いていない。」旨の供述をしており,被告人の弁解とNの供述との間に明確な食い違いが生じている。そし
て,Nが被告人やDの債権者にすぎず,第三者的な立場にあることを考えると,上記のような食い違いは,被告人の供述の信用性を大きく減殺する事情とみるのが相当である。
また,被告人が年越しの費用として100万円を受け取った旨供述
している点についても,被告人は,一方では,これまで会社から給料をもらったことがなく,しかも,後記の通り,平成11年11月ころより,本件会社の経営からも退いていたと供述しているところであるから,100万円もの多額の現金を受け取るいわれがなく,被告人の要求もないのにDが好意で100万円を被告人に渡してくれたというのは不合理かつ不自然であるといわなければならない。
4以上によれば,本件融資金の処分状況に関するOら関係者の供述は信用できるのに対し,被告人の弁解は信用できない。
したがって,前記第2の7の事実は十分認定できる。

第4本件会社の実質的経営者について

次いで,弁護人は,前記認定事実第2の3等に関し,平成11年1
1月以降は,Dが被告人に代わり名実ともに,本件会社の経営者として行動していた旨主張しているので,本件当時の会社の実質的経営者がDと被告人のいずれであったかの点を検討する。
1この点,本件会社は,当初被告人が実質的なオーナーであり,D
は,平成10年から登記簿上の代表取締役に就任しているものの,少なくとも当初は名目的な代表取締役に過ぎなかったもので,そのことは被告人も捜査及び公判で自認しているところである。
もっとも,平成11年11月ころから,Dは,被告人とともに取引
先への訪問を行い,支払関係の明細書も出しているほか,平成12年12月末の段階での本件融資金の処分についても,Dの判断により,V株式会社に50万円を振り込んだほか,W株式会社へ500万円の振り込みを行おうとしていたと認められる。
このようなDの行動状況は,単なる名目上の代表者であればするこ
とがないと思われるものであって,遅くとも本件融資金が下りた平成11年12月末の段階では,Dは,自らの判断で本件会社の経営を行おうとの意欲を見せていたとうかがうことができる。
2しかしながら,前記第2の3の認定事実によれば,被告人は,平成11年12月ころまで,本件会社内では会長と呼ばれており,毎朝の朝礼を主催していたほか,支払等の金銭面でも,経理担当の従業員のOは,被告人に支払計画書を提出してその指示の通り動いており,他方,代表取締役であるDは仙台の支店にいることが多く,Oは,Dが決めたことでも被告人に伺いを立てていたと認められる。
また,前記第2の7の認定事実によれば,Dは,本件融資金が下り
た当日には,もともと予定していた営業用のチラシの印刷のためにW株式会社への500万円の振り込み手続を進めていたのに,被告人からの電話により,その手続を中止して1000万円を持ってくるように指示されている。
そして,本件会社がチラシ等による通信,訪問販売を主たる営業方法としており,チラシの印刷がなされるかどうか
は,本件会社の営業活動にとって重要な意味合いを有すると解されるのに,Dは,被告人の一言で,その手続を中止せざるを得なかったものである。
このような被告人の指示内容やそれに対するDの対応状況に照らして考えると,被告人とDの間では,平成11年末の本件融資が実現した段階においても,従前の力関係が依然として継続していたことは明らかであり,被告人が実質的経営者の地位を退いていたと見ることはできない。
そして,このような認定は,被告人とDの間の本件会社を譲り渡す
ことについての覚書が平成12年1月の段階で作成されている事実とも符合している。
3以上によれば,本件当時,Dが本件会社の経営を行おうという意欲を持っていたことはうかがわれるものの,被告人が実質的経営者であったことは十分認定できる。

第5共謀の有無について

そこで,以上の事実経過を前提に,共謀の有無の点を検討する。
1 D及び被告人の供述の概要
D及び被告人の共謀の点に関する供述の概要は,以下の通りである。
(1)Dの供述の概要
まず,Dの供述内容は,「平成11年9月ころ,被告人とともに,ホテルで,QとRに会った。被告人は,Qに対し,同人と親しいP議員へ公的資金の融資の口利きを頼んだが,Qは,被告人が前面に出るなら協力はできないと言っていた。」,「会社に戻ると,被告人は,公的資金の融資を受けるため,Qを紹介してもらった旨説明した上,『おれはQさんに嫌われてるし,表だって動けないから,D,ちゃんとやってくれよな。』と,Dが主体となって融資手続を行うよう指示した。
融資金の返済は難しいと思ったが,サラ金から借金をして,会社に300万円ほど貸付けており,融資金から借金返済ができればと考え,引き受けた。」,「本件融資手続を進めるに際しては,書類の作成等は任されていたが,進行状況を逐一被告人に報告し,事業計画書の修正をする際や融資の申し込み額等を決定する際には,被告人の指示を受けていた。」というものである。
(2)被告人の弁解の概要
これに対し,被告人は,公判廷において,「平成11年9月中旬ころから同年10月はじめころ,ホテルにDを連れて行き,RとQと会ったが,Qは,ほとんどDと話していた。
そして,平成11年10月末から11月初旬ころ,P議員及びQと同席する機会があったが,その席でも,DがP議員らと話をしており,被告人は途中で退席した。
同日ころ,本件会社7階において,Dから,被告人が表に出るのであれば,融資の話は進められないとQに言われた旨報告を受けたため,Dの意思を確認して,本件会社から身を引くことを決め,Dとの間で,債権債務込みで本件会社を譲ることにした。」旨供述するとともに,「本件融資手続をして本件会社に3000万円の振込入金をさせたのは,D及びその関係者であって,被告人は,手続に一切関与しておらず,Dと共謀もしていない。事業計画書の修正等をDに指示したこともない。」旨供述して,共謀の事実を否認している。
2検討
そこで,検討するに,共謀の有無に関しては,以下の事情が指摘できる。
(1)本件融資金の処分状況について
まず,前記認定事実(第2の7)により,本件融資金の処分状況を見るに,Dは,V株式会社に対する50万円及びX株式会社に対する17万8535円の各支払い,Tへの謝礼金120万円の支払い,並びに,Qらへの謝礼金の中からの200万円の着服を除けば,全て被告人の許可を得た上で,本件融資金の処分を行っている。
加えて,被告人は,本件融資金が下りた当日には,DがW株式会社へ振り込みをしようとしているのを中止させた上で,1000万円を下ろしてくるように指示するなどしていることにかんがみると,本件融資金の処分を実質的に決定したのは,被告人であると認めることができる。
また,本件融資金の分配額を見ると,Dが被告人の了解を得た利得分は,給料等の未払い分100万円のみであるのに対し,被告人は,3000万円の融資額の過半に当たる1740万円を取得し,そのうち,1500万円はNからの借入金の返済金に充てたものの,個人的にも100万円を費消している。
さらに,被告人は,Oに指示をして,妻名義の口座に20万円の送金をさせるなどしており,本件融資金から多額の利得を得ている。
以上によれば,被告人は,本件融資金の処分を実質的に決定し,その中から多額の利得を得たと評価できるところであって,このような本件融資金の処分状況は,本件融資手続に被告人が関与していなければ不可能であり,Dと被告人との間の共謀の事実の存在を強く裏付ける情況事実である。
したがって,以上の本件融資金の処分状況は,D供述を裏付けているのに対し,被告人の供述には到底そぐわないものということができる。
(2)本件会社の経営体制等について
次いで,本件会社の経営体制を見るに,前記第4に検討したところによれば,被告人は,本件融資金が下りた当時も,未だ被告人が本件会社の実質的経営者であったと認められるところである。
そして,本件融資は,3000万円と高額の融資金を目的としており,本件融資がなされるかどうかは,本件会社の運転資金や借入金の返済等のその後の会社運営にとって重要なことがらと解されるところであって,D及びOの独断により,被告人の関知しないところで本件融資手続が進められていたというのは考え難い。
さらに,被告人は,本件会社の運転資金の調達のために,Nから三千数百万円を会社名義で借り入れしてその保証人となり,また,Lからは300万円を被告人が個人名義で借入れしていたところ,Nの公判供述及びLの警察官調書(甲33)によると,被告人は,平成11年12月ころまでには,両名から何度も督促を受け,Nに対しては,本件融資金が下りれば融資金の中から返済する旨話をしていたことが認められるのであるから,本件融資手続がなされるかは,被告人個人にとっても重大な利害関係があったというべきであって,被告人には本件犯行を敢行する動機が認められる。
以上によれば,被告人が本件会社の実質的経営者であり,本件会社のために多額の借入や保証をしていたことも,本件融資について被告人とDの間で共謀があったとするDの供述を裏付けているのに対し,被告人の供述とはそぐわないということができる。
(3)被告人の弁解の信用性
さらに,被告人の前記弁解については,以下の事情が指摘できる。
アまず,被告人が平成11年11月初旬ころに,本件会社の経営から手を引いていた旨の供述については,平成11年12月末ころの本件融資金が下りた段階でも被告人が会社の実質的経営者であったと認められることについては,前記第4で検討したところであることに加え,その供述状況を見ても,被告人は,逮捕後10日目の検察官調書(平成13年4月23日付〔乙2〕)では,平成11年8月ころ,Dに経営から一切手を引いてくれと頼まれ,Dに全て任せていた旨供述していたのに,その後の検察官調書(平成13年4月30日付〔乙3〕)では,平成11年9月半ばころから10月初めころ,ホテルでQと会ったのと同じころ,Dから頼まれて,本件会社の経営から手を引いた旨供述し,さらに,公判廷では,前記1(2)のとおり,同年10月末から11月初めころ,Qと2回目に会って,そのころDから頼まれて,経営から手を引いたと供述しており,供述内容が何度も変遷していると認められる。
イまた,平成11年10月末から11月初旬ころ,被告人がP議員やQと同席したという経緯を供述する点については,P議員の警察官調書(甲41)では,P議員は,そのころD及びQと会って話を聞いたと供述するものの,被告人と同席したとの供述はしておらず,被告人の弁解とは食い違いが生じている。 そもそも,被告人は,被告人が銀行等への信用がないため,Qから被告人が関与するのであれば,本件融資の口利きはできないと言われたため,被告人に身を引いておくようにDから言われた旨供述しているところ,かかる被告人の供述を前提とすれば,Qが設定したP議員と同席する機会に,被告人が呼ばれるということは不自然である。
ウさらに,被告人が本件融資手続に関与したことはなく,改装承諾書をもらうために交渉したことも電話したこともない旨供述している点についても,捜査段階の被告人の検察官調書(乙3)では,被告人は,「私は,ただ,Dから詳しい話は聞きませんでしたが,Dが,この融資を受けるにあたって,この事務所の改装承諾書が必要であるので,Yに頼んで欲しいと言われたことがありました。そこで,私は,この頃,電話でYに対して,Dが改装承諾書が必要だと言っているので,出してくれませんか,と頼んだことがありました。」旨の供述していることが認められ,公判供述との間で矛盾が認められる(なお,被告人は,公判廷において,同調書中,問答形式での録取された部分については,自分がそのとおり話したものである旨自認している。)。
(4)以上によれば,Dの供述は,前記認定事実により明らかな本件融資金の処分状況や本件会社の経営体制に裏付けられており,十分信用できるのに対し,被告人の弁解は,その供述状況が転々変遷し,前後矛盾するものであること等の事情に照らして信用できないというべきである。
3弁護人の主張に対する検討
(1)弁護人は,Dが,Q及びTら仲介者らに対し,被告人に本件融資を受けるため本件会社からは身を引いてもらった旨公言し,Qらの協力のもとに,融資手続を進めているところ,このように,本件融資手続が被告人を抜きにして進められていることは,被告人とDの間の共謀の不存在を示す旨主張する。
しかしながら,Dは,被告人がQに嫌われており,被告人が表に出ると本件融資手続ができないため,Dが手続を主体になって進めるよう被告人から指示された旨供述しており,被告人が表面的に手続に関与しないことは,Dの供述に矛盾するものではなく,むしろ,本件融資手続を進めるために必要であったというべきであって,弁護人の主張は採用できない。
(2)また,弁護人は,Dが作成した平成12年4月10日付けファクス文書中の記載には,本件融資手続の経緯に関して,「資金不足となり業務に支障が出てくるようになったため公的資金の融資を受けて印刷・折込・商品等の業者への支払い又運転資金に当て経営を建て直したいと思い,Q氏に相談しましたところ,被告人が会社に関係していては融資がおりないと断られました。その為,被告人と話し合い,やはり俺がいては今後の本件会社に色々影響がでるので身を引こう,もう会長と呼ぶな,一切手を引くという事になり公的資金の手続をしました。」旨の記載が認められるところ,このような記載内容は,前後の状況に照らして信用性が高く,Dの供述にそぐわないものである旨主張する。
しかしながら,Dは,前記のとおり,本件融資を受けるに際し,被告人が銀行等から信用がないために,仲介をするQや銀行に対し,表向きは,被告人から経営を譲り受けたように装っていた旨供述している。
そして,認定事実によれば(第2の9),上記ファクス文書は,Dが平成12年4月の本件会社倒産直前の段階で,Tのアドバイスを受けながら債権者に対する謝罪のために作ったものであって,いわば言い訳の文書と解されるところ,その作成の経緯からしても,また,被告人の本件融資についての関与を知らされていなかったTの手前からしても,Dが上記のような内情を全て記載する必要があったとは解されない。
したがって,上記のような記載内容がD供述の信用性を弾劾する関係にあるとは認められないから,この点の弁護人の主張は採用できない。

第6結論

以上によれば,Dの供述はこれを十分に信用することができ,同供述によれば,被告人とDの間で本件融資について共謀があったという事実を優に認定することができる。
(法令の適用)
罰条  刑法60条,246条1項
未決勾留日数の算入  刑法21条
訴訟費用の負担刑事訴訟法181条1項本文
(量刑事情)
被告人は,本件会社の実質的経営者であり,会社の経営状態が悪化して多額の負債をかかえ,資金繰りにも窮したため,借金返済の資金欲しさなどから,金融機関の貸し渋りのため,事業運営の資金不足に陥った中小企業を救済し,健全な事業者を育成する目的で創設された特別保証制度本来の趣旨を顧みることなく,安易に現金を詐取しようと企て,本件犯行に及んだものであって,短絡的で自己中心的な犯行動機に酌量の余地はない。
また,その犯行態様は,内容虚偽の事業計画書等の必要書類を準備した上で敢行された計画的なものである上,被告人は,自己が取引先や銀行からの信用がないことから,表面的には本件会社の経営から手を引いたように装って,共犯者Dに指示をして,融資の申込み手続を行わせたものであって,巧妙かつ狡猾で悪質な犯行というべきである。
そして,被告人は,本件犯行の首謀者であり,本件融資金の大半を処分しているのであるから,厳しい非難を免れない。
本件犯行により,実際に融資を行った銀行やその損害を填補した実質上の被害者である信用保証協会の被った財産的損害は約3000万円と多額である上,前記特別保証制度に対する社会的な信用を失墜させたことによる社会的影響も大きいことに鑑みると,犯行結果も重大である。
それにもかかわらず,被告人は,いまだに何らの被害弁償をすることもないのであって,被害者らが被告人に対する厳しい処罰感情を有しているのも当然のことと理解される。
加えて,被告人は,捜査段階及び公判廷で,不自然不合理な弁解に終始しており,その供述態度からは真摯な反省の情はうかがわれない。
他方,本件融資制度は,資金難の企業を救済するための特別融資制度であって,本来厳正な融資審査が行われるべきであるのに,虚偽の内容の事業計画書等もそのまま通してしまうなど,審査手続きに不十分な面もあり,被害者である銀行や保証協会の側にも落ち度があることは否定できないこと,融資金から被告人側が取得した約1740万円のうち,1590万円は本件会社の運転資金のための借入れ金の返済に充てられており,被告人の利得額は150万円程度に止まること,被告人にはこれまでさしたる前科がないことなど,被告人に有利な事情も認められる。
そこで,以上の事情を総合考慮して,被告人を主文掲記の刑に処するのを相当と判断した。

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